2-2. 日本の枠組み(生物多様性基本法)
『生物多様性基本法』は2008年(平成20年)5月に制定されました。ただし、それ以前にも自然環境や種の保全に関する法律として、『文化財保護法』(昭和24年)、『自然公園法』(昭和32年)、『自然環境保全法』(昭和47年)、『絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律(種の保存法)』(平成4年)、『鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律(鳥獣保護管理法)』(平成14年)、『自然再生推進法』(平成14年)、『特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律(外来生物法)』(平成16年)などがありました。2010年にCOP10が名古屋市で開催されることを受けて『生物多様性基本法』が制定されたことにより、基本原則、基本的施策、とくにCOP事務局に提出する生物多様性国家戦略の策定およびその進捗管理の法的位置づけが明確化されました。
法第3条「基本原則」では、「生物多様性の保全と持続可能な利用をバランスよく推進」と定め、「野生生物の種の保全等が図られるとともに、多様な自然環境を地域の自然的社会的条件に応じて保全」し、「生物多様性に及ぼす影響が回避され又は最小となるよう、国土及び自然資源を持続可能な方法で利用」しなければならないと定めています。
事業者の責務は第6条で以下のように定めています。
第6条(事業者の責務)
事業者は、基本原則にのっとり、その事業活動を行うに当たっては、事業活動が生物の多様性に
及ぼす影響を把握するとともに、他の事業者その他の関係者と連携を図りつつ生物の多様性に
配慮した事業活動を行うこと等により、生物の多様性に及ぼす影響の低減及び持続可能な利用に
努めるものとする。
すなわち、事業者は、事業活動が生物多様性に及ぼす影響を把握し、影響を低減し、持続可能な利用に努めることが求められています。
第10条で、毎年年次報告を国会に提出することを政府に対して義務付けています。これが「生物多様性白書」です。ただし、『環境基本法』に基づく報告「環境白書」および『循環型社会形成推進基本法』に基づく報告「循環型社会白書」とまとめて「環境・循環型社会・生物多様性白書」として報告されています。
第11条で、政府に対して「生物多様性国家戦略」の策定を義務付けています。都道府県および市町村に対しては、第13条で単独で又は共同して「生物多様性地域戦略」策定の努力義務を課しています。第一次の「生物多様性国家戦略」は、『生物多様性基本法』が制定される以前の1995年(平成7年)10月31日に策定されています。これは、1993年12月に生物多様性条約が発効し、国家として生物多様性に関する戦略が必要となったためです。「第一次生物多様性国家戦略」は1994年12月16日に閣議決定された「第一次環境基本計画」に基づいて1995年10月31日策定されました。その後、2002年(平成14年)、2007年(平成19年)に改訂され、名古屋市で開催されたCOP10が開催された年の2010年(平成22年)3月に第四次戦略「生物多様性国家戦略2010」が策定されました。2012年(平成24年)には第五次戦略「生物多様性国家戦略2012-2020」が策定されました。

現在の戦略は、「昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)」採択を受けて2023年(令和5年)3月31日に閣議決定された「生物多様性国家戦略 2023-2030」(第六次)です。ここでは、ネイチャーポジティブ実現に向けて、30by30による自然環境保全の取組みだけでは生物多様性の低下傾向が止められず、生活・消費活動において資源の持続可能性に配慮した選択をする行動が当然となるような社会経済の構造の根本的な変革が必要であると強調しています。そして、5つの基本戦略と、基本戦略ごとに状態目標(あるべき姿)(全15個)と行動目標(なすべき行動)(全25個)が設定されています。行動目標には、関係省庁が関連する具体的な施策(367施策)が関連付けられ、取組みの状況を把握するため可能なものは施策に係る指標の現状や数値目標を示しています。このなかには、事業者に関わるものには以下の指標があります。
- 陸地に占めるOECMの占める割合(行動目標1-1、および1-2)
- SBTNやTNFD等およびJBIBや経団連自然保護協議会等に参加・賛同・認定を受けている企業の数または割合(行動目標3-1)
- 生物多様性の配慮に関する目標設定及び情報開示を行っている企業の数又は割合(行動目標3-1)
- サプライチェーン対応、指標・見える化、データ整備を実施している企業の数又は割合(行動目標3-1)
- TNFD への賛同団体数(国内)(行動目標3-1)
- 生物多様性の配慮を経営に取り込んでいる企業の数または割合(行動目標3-2)
- 生物多様性の保全に資する技術、製品・サービスを提供している企業の数及び市場規模(行動目標3-2)
- ワンウェイプラスチック排出抑制(行動目標4-4)
- プラスチック製容器包装のリユース・リサイクル率(行動目標4-4)
- プラスチックの再生利用量(行動目標4-4)
- 使用済みプラスチックの有効利用(行動目標4-4)
- バイオマスプラスチック導入量(行動目標4-4)
- 飲料用PET ボトルの有効利用(回収率)(行動目標4-4)
このほかに、国民生活に関連する指標には、以下があります。
- 国立公園区域内における日本人延べ宿泊者数(行動目標2-2)
- ビジターセンター来訪者数(行動目標2-2)
- 国立公園及び国定公園の年間利用者数(行動目標4-2)
- グリーン・ツーリズム施設年間延べ宿泊者数(行動目標4-2)
- 生物多様性の保全につながる活動への意向を示す人の割合(行動目標4-3)
- 広報等の国民へのアプローチ数(HP アクセス数)(行動目標4-3)
- 環境に配慮されたマークのある食品・商品を選ぶことを意識している消費者の割合(行動目標4-3)
- 週1回以上有機食品を利用する消費者の割合(行動目標4-4)
- 環境に配慮した農林水産物・食品を選ぶ国民の割合(行動目標4-4)
- 生物多様性情報システムの月平均アクセス件数(行動目標5-2)
この戦略は国家戦略であり、国家として取り組むべき施策で、事業者に課せられた義務ではありません。事業者には、事業活動のサプライチェーンの生物多様性への負荷を低減すること、バリューチェーンを通じた生物多様性への負荷低減や生物多様性の保全に貢献すること、事業活動以外でも地域住民と一体となった生物多様性保全の取組みや資金提供を行うこと、工場敷地内の緑地や社有林などをOECMとして管理すること、そして、これらを適切に情報開示することが期待されています。
中小企業や地場企業に対しては、「国は、その状況に応じて、分かりやすい情報発信や人材育成を通じて、段階的に生物多様性・自然資本に配慮した取組を実施できるような道筋を示していく」としていますが、具体的な記載はありません。
基本戦略3「ネイチャーポジティブ経済実現」では、「ネイチャーポジティブ経済」を「自然を回復軌道に乗せるため、生物多様性の損失を止め、反転させることに資する経済」と定義しています。個々の企業は自社の価値創造プロセスにおいて自然の保全(自然資本の回復や持続可能な活用を含む)の概念をマテリアリティ(重要課題)として位置づけて、バリューチェーンにおける負荷の最小化と製品・サービスを通じた自然への貢献の最大化を図る、消費者や市場がそうした企業の取組みを評価する社会へ変化する、そして、行政や市民も含めた多様な主体による取組があいまって、資金の流れの変革等がなされた経済と説明しています。この経済へ移行する戦略として、環境省、農林水産省、経済産業省、国土交通省の4省庁連名で「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」を2024年3月に取りまとめています。自然資本への負荷が大きい一方、ビジネス機会が見込める分野として、食糧・土地・海洋の利用、インフラ・建設およびエネルギー・資源採取を取り上げて、国の施策を具体化しています。企業に対しては、2030年「ネイチャーポジティブ経済の実現」に向けて、押えておくべき要素として、以下を挙げています。
①まずは足元の負荷の低減
②総体的な負荷削減に向けた一歩ずつの取組も奨励
③損失のスピードダウンの取組にも価値
④消費者ニーズの創出・充足
⑤地域価値の向上にも貢献
ネイチャーポジティブ経済が実現した際は、「情報開示を通じ取組が投資家や地域に高く評価され、企業価値の向上と地域価値の向上に結びつき、取組がさらに促進されるという好循環が生まれている」としています。中小企業に関しては、「一部も大企業による国内外のバリューチェーン対応や地域金融機関等からの対話・働きかけも相まって取組が促進されている。ただし、自社自身の事業活動による直接の影響が少ないと想定されるケースが多いため、中小企業においては自社の事業活動と自然資本との接点を見いだすのには、行政や金融機関、取引企業など外部からの働きかけや取組目標の設定と金融とのリンケージも有効である」と、取組みの困難性が示されています。